【鼎談】日経BP 日経クロストレンド発行人・杉本昭彦さんに聞く:テクノロジー×マーケティング


話し手:
株式会社日経BP 日経クロストレンド発行人 杉本昭彦さん
アタラ合同会社 CEO 杉原剛


聞き手:
アタラ合同会社 会長 佐藤康夫


インターネットの商業利用が始まって20数年が経過。「テクノロジー×マーケティング」の最前線にて、いまも走り続けている日経BPの杉本昭彦さんとアタラCEOの杉原剛。同世代のふたりが見てきた景色、いま見えている世界、これからの未来とは。Unyoo.jp編集長・佐藤康夫が「1990年代」「2000年代」「2010年代前半」「2010年代後半」と時代を4つに分けて話を伺います。


目次

・1990年代
 インターネット商業利用が始まった頃の景色
 パソコン通信、ダイアルアップ、ホームページ紹介

・2000年代
 グーグルが「テクノロジー×マーケティング」を牽引し
 マーケティングの裾野を拡張
 ブログ、SNSによる個人の情報発信活発、メルマガ!

・2010年代前半
 アドテク隆盛(DSP/DMP/アトリビューションなど)
 「ネットマーケティング」から「デジタルマーケティング」へ

・2010年代後半〜未来へ
 進む技術革新に比べ歩みの遅い「デジタルマーケティング」
 デジタルが当たり前の「クロストレンド」で未来を開拓








【1990年代】インターネット商業利用が始まった頃の景色


佐藤:1990年代、夢中になったサービスというと「パソコン通信」が思い出されます。当時、杉本さんは何をされていましたか。



杉本:私は1991年入社で、その頃、日経BP社にはニフティやASAHIネットに対抗して「日経MIX」というパソコン通信がありました。まさに、ビフォー・インターネット、テレホーダイの時代です。1990年代はパソコン通信もあればインターネットもある重なった時代でした。僕がインターネットにがっつり入り込んだのは1996年の4月、「日経ネットナビ」という雑誌が創刊され、一つのターニングポイントになりました。インターネットの専門誌で、インターネット接続方法の説明とおもしろいホームページの紹介が2大コンテンツでした。編集部にいたけれど記事は書いていなくて、ウェブマスターをやっていました。CD-ROM制作などのデジタル担当でした。雑誌公式サイトの目玉コンテンツ「サーチエンジンルーム」ではInfoseekやAltaVista、gooといった複数の検索エンジンを一括で検索できて重宝されました。プロバイダの一覧も目玉でしたね。CD-ROMからプロバイダ契約できるツールを提供して。「日経ネットナビ」のピークは1999年頃で19万部売れました。当時のインターネットはホームページを探すのが大変で。みんな、雑誌でおもしろいホームページを見つけてからつなぐのが通常でした。ただし、テレホーダイの時間じゃないとつないではいけない。これが僕のインターネットの原体験ですね。



佐藤:懐かしいキーワードが続々と出てきました。では次に、杉原さんのインターネットの原体験を伺えますか。


杉原:僕はアメリカにいた中学生時代からパソコンおたくで、ニフティサーブを使ってパソコン通信をやっていました。なかでもメールが届くというのが衝撃で「なんだこれ!」と思ってインターネットが商用解禁されたらすぐに飛びつきました。まだWindows3.0でインターネットに楽につなぐ機構がなくて、ニフティサーブのフォーラムで無料のTCP/IP だったWinSockをしらみつぶしに探してダウンロードして。他のツールは買うと2万円くらいしたんですよ。Netscapeをダウンロードしてアサヒコムからピーヒャラピーヒャラと落ちてくるのにまた衝撃を受けて。メールをする相手をなんとか探して遊んでいたのが高校、大学時代を経て社会になった頃の話。当時のKDD(現KDDI)に入社して社会人をスタートしたのも通信が好きだったからですね。社会人になって何年かしてインターネットが商用解禁されました。



佐藤:この頃「テクノロジー×マーケティング」を意識されていましたか。


杉本:何をもってテクノロジーというかですね。楽天市場ができたのが1990年代で、当時はホームページが簡単に作れるというとガイアックスとかで。


杉原:ジオシティーズとかね。「ホームページを作ろう」という気運が高まり始めた頃でしょうか。


杉本:途中でCGIが広まり、プログラムで訪問者数カウンターや掲示板を載せられるようになって。「あなたは1万人目のお客さまです」というカウンターがテクノロジーかな。ホームページに機能を加えるという点で「自分はテクノロジーをいじっている」という感覚にはなりましたね。


杉原:「デジタルマーケティング」はほとんど存在していない、テレビや紙などマス媒体の時代でしたね。


杉本:1996年からYahoo! JAPANが広告を売り出しましたね。


杉原:ものすごく高くてね。普通の人では出稿できないのがネット広告黎明期ですね。




【2000年代】グーグルが「テクノロジー×マーケティング」を牽引しマーケティングの裾野を拡張


佐藤:2000年代に移っていきましょう。グーグルが出現し、常時接続が当たり前になり、リスティング広告が猛威をふるいました。利用者が急速に増え、景色が変わった時代です。


杉本:グーグルが日本に上陸したとき「日経ネットナビ」でグーグル特集をやり、僕は日本で初めてグーグルを特集した編集者として認めてもらったんですよ(笑)。グーグルは検索エンジンとしての物が違って衝撃的で。第2弾の衝撃はGmailでした。


佐藤:最初は招待制でしたね。


杉本:しかも2GBで。一生かけても2GBは使い切らないんじゃないかって思っていました。


杉原:大盤振る舞いでしたね。


杉本:Gmailの登場が2000年代前半で、あっと言う間に世の中のインターネットの使い方が変わって。検索連動型広告が登場しました。


佐藤:グーグルの日本上陸が2001年で、アドワーズが登場したのが2002年です。


杉原:オーバーチュアのサービスインも2002年でした。


杉本:僕は2004年まで「日経ネットナビ」というコンシューマー向けのインターネット雑誌を作っていて、ユーザーとしてもグーグルを体験して素晴らしさに驚いていました。休刊後は日本経済新聞社でインターネット産業や検索連動型広告の代理店などを取材するようになり「ワンクリック10円で広告が出せる」と聞き、これで世の中が変わったなと思いました。インターネット広告は枠をまとめて買う高いものから変わった、という記憶があります。インターネットが一番激変したのは2000年代前半というのが個人的な印象です。SNSを含めて一気に変わりました。


杉原:1990年代はお金につながっていなかったのをリスティング広告が一気に変えたという印象を持っています。リスティング広告の出現を契機に、ようやくインターネットがマネタイズの場になった。それが大きかったですね。テクノロジーめいたものが出てきて、広告プラットフォームが本格的に表れて。グーグルには最初からすごくテクノロジーを感じました。検索結果が返ってくるのが速くって。それまでの検索エンジンと比べると雲泥の差だったんで「グーグルの人たちは特殊なことをやっているに違いない」という感覚はありましたね。



杉本:グーグルが買収したUrchinも忘れてはならないですね。Googleアナリティクスの元となり、アクセス解析を当たり前のものにしました。使いやすくって。


杉原:6月9日は「ログの日」と呼ばれてた日で、中野サンプラザの小さいイベントスペースにアクセス解析ベンダーが10社くらい集まって毎年展示会をやっていました。僕もオーバーチュア時代に参加していました。アクセス解析が普通ではない時代で、あの頃からソリューションはいくつかあったんですが、Urchinが出てきて、グーグルが買収して、みんながGoogleアナリティクスを使えるようになってから変わりました。計測が当たり前になったのもグーグルが作った流れですね。


佐藤:グーグルがインターネットの使い勝手をよくしつつ、ビジネスモデルも持ち込んだわけですね。


杉原:インターネット広告でさえ最初は高額で出せなかったのが、誰でも数千円から始められる時代を作ってしまった。それが、いまだに大きいと思います。


佐藤:この頃からインターネットを使ったマーケティングが普及してきました。


杉原:効果があったのはもちろんのこと、黎明期の広告媒体は最初に飛びつく人が得をします。リスティング広告を誰も競合していないところで1位掲載していればひとり舞台です。テレビとキャンペーンを連動して一夜にして大儲けする人もたくさん出てきて。おもしろい時代でした。


杉本:プラットフォームという考え方が定着しはじめたのもこの頃でしょう。アドセンスが普及したのも2000年代前半です。それまでは自社メディアの規模が小さいとビジネスはできませんでしたが、小さなメディアも収益化できるように広げました。そんなエコシステム、プラットフォームが構築されました。


杉原:どうしても広告のバイサイドの話にフォーカスされがちですが、アドセンスの出現によってセルサイドが誰でもマネタイズできるようになった。これもグーグルの貢献は大きかったと思います。


佐藤:グーグルのテクノロジーの力が作り出してきたものは多いですね。2000年代はグーグルがテクノロジーでもってマーケティングの裾野を広げていった時代ともいえます。


杉本:2000年代前半で忘れてはならないのはSNSの存在です。米国ではFriendster、日本ではmixi、GREEが立ち上がり、あっと言う間に100万人規模になっていきました。いわゆるWeb 2.0で、ユーザーがコンテンツを生成するUGC(User Generated Contents)といった言葉が出てきて、これまでの受け手が発信者になり、そこにアドセンスも貼れるようになり裾野が広がっていきました。これまでは一部の限られた人だけのもので、見るものだったのが、誰もが発信者になれてビジネスをできるようになった。それが後々いろいろな問題を引き起こしていくのですが、大きく変わりました。



杉原:検索エンジンの利便性を感じはじめたのが、UGCが出てきたときです。それまでは、ヤフーのディレクトリが中心だった。僕はディレクトリが好きだったんですよ。


佐藤:探しやすいしね。


杉原:でも、ついていくのが大変になって。抜け漏れも出てくるし。そうなると、ロボット型でデータを広く回収してタイムリーに提示するしかなくなってきた。そこでまたテクノロジーを感じる瞬間がありましたね。ブログやソーシャルは時代の変わり目を作ったし、時代の変わり目では新しいテクノロジーが必要になる。その走りだったと思います。2000年代で他にも大きいのはガラケー、日本の場合はiモードの存在です。インターネットというと、それまでは僕みたいなオタクがやっていたものだったのが、iモードになって携帯電話を使い誰もがインターネットをやるようになった。これは衝撃でした。「みんなメールをやっている!」と。ここで一気に裾野が広がりましたね。リスティング広告も急にモバイル対応しなければならなくなって。


佐藤:2000年代後半はそうでしたね。


杉原:最初はちょぼちょぼだったのが、どんどん、じわじわと携帯電話での検索数が増えていくのを感じました。


佐藤:そういった背景の中で『日経ネットマーケティング』が2007年秋に創刊されるわけですね。


杉本:それまでは日本経済新聞で記者をやっていて、創刊にあわせて日経BPに戻り副編集長に就任しました。最初、狙っていたのは楽天市場へ出店しているような中小企業で、ネットマーケティングの基礎を教えようということで始まりました。「ネット通販でこんなに成功しました」といった事例や検索連動型広告での成功事例、地方企業の事例などを取り上げていました。ガラケーの普及により、メールマーケティングでも携帯メルマガを作らなければならなくなって、作り分けも大変でした。メルマガが全てのような勢いで。2008年11月号『日経ネットマーケティング』の目次は「パソコン VS 携帯 ~メルマガ進化論、ユーザーを動かす使い分けの極意」でした。




【2010年代前半】アドテク隆盛(DSP/DMP/アトリビューションなど)


佐藤:2010年代は速度が急に速くなった印象があります。アドテクブームでDSP(Demand Side Platform)やDMP(Data Management Platform)、MA(マーケティングオートメーション)といった言葉が頻繁に聞かれるようになりました。その頃に『日経ネットマーケティング』が『日経デジタルマーケティング』に名称を変えたのは、どんな背景があったのでしょうか。



杉本:インターネットで直接つながれる時代になったので、大手企業がお客さまとの関係性を考え直すときにきていて。ネット広告の市場を見れば分かる通り、マス広告と同じ規模になることも見えていた。そこで視点を変えて、中小企業を対象にネット通販でどうやって儲けるかだけでなく、大手企業がデジタルでビジネスをどう変えていくかも含めて取り扱っていくべきではないかという声が高まり、名前を変えました。そういう時代ですよね。


杉原:時代ですね。広告というと、大手企業はデジタルに全く取り組んでいなかったけれど「ソーシャルをやらなければ」「YouTubeの公式チャンネルを作ったけど、どうしよう」とじわじわきていたときです。でもまだ構えていて。


佐藤:2010年代前半というと、杉原さんは2009年にアタラ合同会社を設立して1年経った頃ですね。アドテク全盛期には独自のツールを開発してアトリビューションを提唱していたわけですが、起業に至るまで、どのような経緯があったのでしょうか。


杉原:2002年までオーバーチュアにいた後、2009年までグーグルにいました。その間、営業戦略を作る一方で、オーバーチュアに入社してすぐから「運用は死ぬほど大変だ」「APIを使わないと、みんなが破綻する」と思って広告代理店に「APIを使いましょう」「自動化しなければダメですよ」と啓発しまくっていました。


佐藤:そうでしたね。覚えていますよ(笑)。


杉原:その頃、広告主はまだAPIを使っていなかったので、広告代理店を中心に10年間、言い続けました。でも、投資の気運が全然高まらなくて。業界として、テクノロジーはまだインプレスできていませんでした。広告の商圏は首都圏が大きくても大手企業が何らかの形でインターネット広告をやり始めると、広告代理店は中小企業や地方も対象にすることになる。売上利益は低くても手間は全く変わらない。テクノロジー化をある程度しなければ、やればやるだけ赤字になる。そんな状況で少しでもテクノロジーを取り入れることを広告代理店が意識しはじめたのが、僕の感覚では2007年前後です。



佐藤:代理店さんも本当に大変でしたよね。


杉原:とはいえ、まだまだだし、やり方が分からない人も多い。APIを直に使ってもらうのは限界がある。それなら、APIを使ったツールを僕が作って、それを使ってもらおう。そう思ったのがアタラを設立したきっかけの一つです。もう一つのきっかけは、インターネットが大きくなり、ビジネスも大きくなっていく中で、デジタルでもいろいろな広告やマーケティング施策をやるんだけど、最適な予算投下がされているのかというと、みんな疑問を持っていて。そこに対する答えとまでは言わないけれど、取り組みがアトリビューションという効果測定の方法です。アメリカでは2010年ちょっと前からアトリビューションが語られていたので、日本で最初にアトリビューションに取り組みたいと思ってアタラを設立しました。


佐藤:2010年代前半は『日経デジタルマーケティング』でどのようなテーマを扱っていたのでしょうか。


杉本:2012年の年間ランキングを振り返ると、1位はビッグデータで「AKBの選挙をビッグデータで予測する」、2位はソーシャルで「ソーシャル活用売上ランキング」、3位は炎上で「ニッセンがFacebookページを閉じた理由」、その他、ネット企業がテレビCMを使うようになってきた、CriteoがYahoo! JAPANに配信される、大和ハウスがヤフーの行動ターゲティングを減らした、ソニーが純広からアドネットワークに切り替えたなど、ビジネスがアドテクの方にシフトしているのが分かります。2012年はブランディング広告のあり方や効果測定の新しい指標などが、アタラさんの事業とリンクするように業界でも注目を集めました。アドテクノロジーの活用が盛んになり、記事としても読まれていたことが分かります。





【2010年代後半】未来へ、進む技術革新に比べ歩みの遅い「デジタルマーケティング」



佐藤:2010年の中頃からスマホが急速に伸びて、2010年代後半はスマホ中心に世の中が動き出したように見えます。いろいろなアドテクノロジーが出てきて、スマホで少し景色が変わり今に至ります。


杉本:ここで問題提起をしたいのですが、2014年から見える景色が変わっていないように感じます。僕が『日経ビッグデータ』という媒体に軸足を移して一時期『日経デジタルマーケティング』と兼務でしたがデジタルマーケティングから4年くらい離れていました。



2018年に戻ってきて2019年のいま、見える景色があまり変わっていなくて。アドベリフィケーションってまだ言ってる、それって問題なんだっけと。巡り巡って問題の本質が変わっているのでしょうが。それまでは景色が目まぐるしく変わっていたけど、いま業界は停滞していないだろうか。そんな疑問を抱きました。この4年間でAIの業界は急激に変化しています。2012年くらいにディープラーニングが出てきて「グーグルが猫を認識しました」というニュースが話題になり、数年後にはブロック崩しを自動的に解けるようになって、囲碁の世界チャンピオンを破って。AIは急速に進化しています。それに比べると、デジタルマーケティングの世界は技術もそうだし人や企業のビジネスの本気度も変わってしかるべきではないかと思うんです。


杉原:しかるべきですね。2010年代のDX(デジタルトランスフォーメーション)の話につながりますが、マーケティングが企業の経営課題になりきれていません。AIは意外とみんながきちんと受け止めて、いろいろな実験をして、ビジネスに大きな変化をもたらしている例が出てきています。でも、デジタルマーケティングは殻に閉じこもっていて、そこに到達できていない。いまのDXの文脈って、そういうことだと思うんです。中心にマーケティングを据えてこなかった。他の経営課題と同列にマーケティングの課題を持ってこなかった。いま、他のものとブレンドして同時にやろうとしているんですよ。でも、マーケサイドはやり方がよく分からないという状況がすごくあって。停滞感があります。


杉本:アタラさんはいま、BI(ビジネスインテリジェンス)などマーケティングに限らないビジネスをされていますよね。マーケティングだけで変える必要はない。データドリブンで経営も事業もマーケティングも変えていけばいい。そういう発想をお持ちなのかなと。


杉原:そう思います。


佐藤:2010年代、アタラではDomoを取り扱うなど、データをつないだり整理したりすることが増えています。だいぶ仕事内容が変わってきました。


杉原:いまはデータを可視化するビジネスもやっていますが、きっかけはデジタルマーケティングです。デジタルマーケティングもエクセルでやるより、もっとタイムリーにダッシュボードをみんなで見てビジネスの意思決定とアクションにつなげる、というところから始めました。開けてみると、データという考え方はマーケティングだけではないし、部署や部門で使っている企業のデータを上手く統合して活用したいというニーズは、どこの会社にもあることが分かったので、その部分を取り組みつつあります。感覚では、9割以上の会社がデータを活用できていません。AIや予測解析とかはやりたくても大多数の会社にとって遠いと感じていて、現在と過去の状況をもとに何らかの判断をするまでもいけていない。いま、僕が手伝っているのはそこです。ある程度の時系列データが集まれば、その先でいろいろな解析や予測ができます。最終的にはそっちに行くんだと思います。そのためのデータの環境整備をしています。


佐藤:そのような中で『日経デジタルマーケティング』は『日経クロストレンド』と名称を変えてモデルチェンジをしていくわけですが。


杉本:『日経クロストレンド』は『日経デジタルマーケティング』だけでなく『日経ビッグデータ』『日経デザイン』『日経トレンディ』『日経トレンディネット』を合体連携していて、ブランドとしては『日経クロストレンド』『日経デザイン』『日経トレンディ』の3つが残りました。そうした背景には、デジタルが当たり前のものになってきているというのがあります。デジタルメディア上でマーケティングをやるのではなく、マーケティングをデジタル化するということだと思っていて。商品の中にもIoTなどデジタル的な要素が入ってきました。顧客サポートではソーシャルリスニングやログ分析なところも含めたデジタル化が求められています。マーケティングプロセスの全てがデジタルに対応していかなければならないので、声高に「デジタルマーケティング」と言うと若干誤解もあるかと思います。そんなことが、名称を変えた一因でしょうか。ビッグデータの分析に強みを持った人もマーケティング担当者もパッケージデザインをやっている人も、一緒に仕事をすることで一番価値を生み出せるはず。それぞれが現場の仕事を最適化していくだけでは、競合に勝てなくなりますよ。それがメッセージです。



佐藤:時代の先駆けをするメッセージですね。


杉原:同感です。デジタルマーケティングではなくマーケティングをデジタル化する。ビジネスをデジタル化する。僕もこの2つで語ることが最近多いんです。デジタルマーケティングだと限定的になってしまうので。最終的にはデジタルトランスフォーメーションみたいな話でもステップがあります。全然できてないところをITで業務効率化しましょう、もっと進化させましょう、最終的にはビジネスをデジタル化しましょうと。これがデジタルトランスフォーメーションの概念ですが、最終フェーズにきている会社は少ない。日本は特に、多くの企業が最初のフェーズすら経ていません。まずはそこからですが、みんなが意識しはじめているので、意外と速いのではないかと思っています。そういう意味では「クロストレンド」ってマーケもそうだし経営、企画、開発、デザインといろいろなものが絡んでくるので、捉えるのが早いですね。


杉本:我々はクロストレンド的なスターを生んでいかなければならないと思っていて、マーケター・オブ・ザ・イヤーという企画を2018年から始めました。2019年はワークマンの土屋哲雄常務(現・専務)に決定しました。ワークマン自体がデータ経営を進めています。最初は作業着の販売が中心だったのが「ワークマンプラス」を立ち上げて一般のアパレルにも進出しています。来店するお客さまから需要予測をしていて「ワークマンプラス」という新しい業態を出店するときも、土屋さんいわく「リアルなABテストをやっている」と。ほぼ同じ月に2店舗オープンして、ロードサイドがいいのかショッピングモールの中がいいのかをテストして。改装も大中小で3つやってみて、どれがいいのかを実は検証していらっしゃる。デジタルの中でやっていたことをリアルの中でもやってみようと思う経営に近い方がいらっしゃる。クロストレンドの時代としては、そういう人がもっと増えてほしいですね。


杉原:ワークマンさん、注目しています。エクセルでやっているんですよね。


杉本:そうです。全員がKPIなどを意識して。


杉原:ワークマンさんは、すごく本質的なところを捉えていらっしゃって。テクノロジーを使いこなす以前に、ビジネスとしてどうあるべきか、KPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)やKGI(Key Goal Indicator=経営目標達成指標)といった部分の議論がすごくされている会社なんだろうなって。その上で、いまやるべきことはこの辺だと。


杉本:「テクノロジー×マーケティング」でいうと『日経クロストレンド』が注目しているのはリアルな社会でのテクノロジー活用です。店舗のデジタル化やIT化、象徴するのはAmazon GOみたいなものや、キャッシュレスの浸透、移動が全てデータ化されるMaaSの動きなど、今後5年、10年かけて本物になっていくのは何だろうって思っています。


佐藤:お二人の話を聞いていると「テクノロジー×マーケティング」はいままさに夜明け前。これから本番。これからきそうな感じがします。一方で、個人データをめぐる課題も噴出していて広告ビジネスのあり方も問われています。不正な広告やフェイクニュースなど、インターネットがここまで広がったゆえの問題が足かせになりそうです。でも、5Gはすぐそこにきていて、この波は大きそうだという感覚もあり。その波がきたらデータは取り放題になります。世界はどちらに振れるのでしょうか。不安に思っている人もいます。お二人はいまの立ち位置からどのような未来が見えていますか。



杉本:難しいですね。上手くいってほしいという希望はあるけれど、上手くいく根拠がないんですよね。明らかに消費者に不利益のある使われ方は長く続かないことを歴史が証明しています。必ず揺り戻しや規制がかかります。スマホの位置情報を使うことが問題になり、アプリが配信停止になり……、広告でもそうしたことがありました。そうしたことは必ず揺り戻しがあると思います。


杉原:いまの個人情報問題は完全な揺り戻しで、行き過ぎた広告での使い方は確実にあったと思います。それが健全化されるだけ。厳密にはなっていくと思いますが、その中でも新しいデータの使い方は考案していかなければならない。広告でいうとcookieに依存しすぎていたところがあり、代替テクノロジーが出てくるかどうかの瀬戸際です。CRMに回帰しようとしても、マーケティング業界はCRMをきちんと捉えてこなかった。みんな「どうしようか」と思っているけれど乗り越えなければならないこと。マーケティングに携わる人にも新しい視点が求められています。通信が大きく変わるときは、当然ながら世の中が大きく変わるときだと思っています。5Gでいろいろなものが出てくると言われているし、実際そうだろうなと。想像の域を脱しませんが、新しいビジネスやコミュニケーション手段が出てくるでしょう。そういうものが出てくるときは、マーケターも新しいことをやらなければならなくなるので、それに準備しなければならない。ただし、手作業で考えるのは無理があります。2010年に入ってから無理がきているので、テクノロジーをいま以上に捉えてマーケティングをしなければならなくなるでしょう。そして、これまでの話にもあるように、旧来型のマーケティングだけはもはや通用しなくなってきてて、マーケターは、事業戦略からプロダクトやサービス開発といった上流といわれるところとテクノロジーの両方をきちんと受け止めて、そこでマーケティングを語れて実施できるスキルセットを持っていかないといけません。求められるものは多いけれど、そのときがチャンスであり、新しいスターが出てくる予感がします。


杉本:今後はデータが一層大事になります。データ流通の議論もありますが、質のよいデータを手に入れるために外から買ってくるにも、自社に都合のいいデータがたくさんあるわけでもない。ユーザーにデータのコントロールの権利を持たせる新しい情報銀行の仕組みもありますが、一人のデータに対してポイントなどで還元できる価値はさほど高くはならないと思っています。そう考えると、データ流通は仕組みを熟考しないと機能しない。大事になるのが、お金でデータを集めるのではなく、「こういうサービスがあるからデータを提供します」という上流の話。GAFAはそうですよね。グーグルもFacebookも便利だからユーザーが使ってデータがたまる。自社でデータを集める仕組みを考えなければならないときにきていると思います。マーケティングや広告宣伝の部署だけでは完結せず、倫理やコンプライアンスを守る管理部門と一緒に考える必要もあるでしょう。互いにメリットのある形を作らないのと、上手い仕組みや抜け穴ができても3年くらいで閉ざされるし永続性がありません。『日経クロストレンド』としてもそのあたりを訴えていきたいですね。



杉原:よい体験を提供し、その対価として情報が得られるということだと思います。UI(User Interface)やUX(User Experience)、リブランドという表現があるかもしれませんが、より一層そっちに振れそうな感覚を持っています。


杉本:我々も他人事ではありません。メディアとしても、いろいろな記事を読んでもらえると読者のことが理解できて、有料読者になってもらうといった活動が可能になるので、すぐに離脱されるような体験やデザインだとよくない。コンテンツ作りもプロモーションも別々ではなく一緒に取り組まないとダメですね。


佐藤:最後に、デジタルマーケティングに携わる、現場の運用者が多い『Unyoo.jp』の読者にメッセージをお願いします。


杉本:活躍している方の共通な傾向として、PDCAを回す能力は基礎中の基礎で、それが活躍の源になっていることは多いですね。広告を運用して成果を上げ続けるのは、かなりのスキルだと思います。今後のデジタルトランスフォーメーションの中では全ての業務で求められるスキルなので「どんなところで応用できるかな」と考えると、いろいろなところで活躍できるのではないかと思います。


杉原:潮目は来ていると思います。混沌としている時代の中で、先読みをすることで自分はどこで活躍できるかを見極めなければならないと思います。そういう意味ではクロストレンドを身近なものとして受け止めて、いろいろな情報を得て、いま何をしなければならないかを見極めることをおすすめします。


佐藤:ありがとうございました。






鼎談後記(佐藤康夫)
杉本氏と杉原氏。インターネット商業利用が本格化してきた頃から、常にその時々の時代の新しいテクノロジーに関心を寄せ、それらがもたらす世の中の変化に心躍らせ、試行錯誤を続けてきたお二人です。テクノロジーxマーケティング界隈で、ご自身が見たり体験したりしてきた20数年間の時空を行き来しつつ、未来に思いを馳せる本対談は、とてもエキサイティングで楽しいものとなりました。いつ何時も好奇心旺盛なお二人の動向は今後も目が離せません。


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