【コラム】アジャイルの起源から、アジャイルマーケティングを考える~後編~

※同記事は、株式会社オーリーズ様運営メディアAd JOURNALより転載させていただきました。




前編では、そもそもアジャイルとは何かといった話から、アジャイルマーケティングのコンセプトについてまでをお話しました。後編となる今回は、アジャイルマーケティング実践のための具体的な方法について考えます。





リンク:アジャイルの起源から、アジャイルマーケティングを考える~前編~

※同記事は、株式会社オーリーズ様運営メディア「Ad JOURNAL」より転載させていただきました。世界のデジタル化は進み、その過程で企業と顧客との関係はめまぐるしく変化...




アジャイルマーケティングを体現するとは ~原則とプラクティス~

アジャイルマーケティングのコンセプトまでをお話したところで、いったんアジャイル開発に話を戻します。アジャイル開発は数多くの論文が執筆され、研究対象として深く掘り下げられています。その起源は1986年にさかのぼり、ホンダ、キャノン、富士ゼロックスといった日本のメーカー企業の製品開発工程を研究した論文に端を発しています。


このように、アジャイル開発には30年以上の歴史があり、確立された開発方式が存在します。


たとえば以下のようなものです。


・スクラム

・XP(エクストリームプログラミング)

・FDD(ユーザー機能駆動開発)…など



ここでは、最も導入実績が多いとされる「スクラム」を参考にして、より具体的に「アジャイルを実現している状態」について考えます。




■ スクラムの原則

スクラムには「スクラムガイド」という、スクラムの父と言われるジェフ・サザーランド氏とケン・シュエイバー氏が書いた公式のルールブックが存在します。両氏はアジャイルソフトウェア開発宣言の作成にも関わっていた人物です。


そのスクラムガイドの冒頭には、「スクラムの理論」として以下のような記述があります。


スクラムは、経験的プロセス制御の理論(経験主義)を基本にしている。経験主義とは、実際の経験と既知に基づく判断によって知識が獲得できるというものである。スクラムでは、反復的かつ漸進的な手法を用いて、予測可能性の最適化とリスクの管理を行う。

経験的プロセス制御の実現は、透明性・検査・適応の3本柱に支えられている。


透明性:経験的プロセスで重要なのは、結果責任を持つ者に対して見える化されていることである。透明性とは、こうしたことが標準化され、見ている人が共通理解を持つことである。

検査:スクラムのユーザーは、スクラムの作成物や進捗を頻繁に検査し、変化を検知する。ただし、 検査を頻繁にやりすぎて作業の妨げになってはいけない。熟練の検査人が念入りに行えば、 検査は最大の効果をもたらす。

適応:プロセスの不備が許容値を超え、成果となるプロダクトを受け入れられないと検査人が判断し た場合は、プロセスやその構成要素を調整する必要がある。調整はできるだけ早く行い、これ 以上の逸脱を防がなければいけない。


要約すると、スクラムは以下の「3つの柱」「2つのアプローチ」によって構成されていると言えます。まだ抽象度は高いですが、マニュフェストよりも具体性があります。



これらを大雑把にまとめると、スクラムとは「反復的・漸進的に、変化に適応しながら成果物を出す」ということになりますが、これはあくまでも「原則」です。実践によって価値を出すためには、より具体的なプロセスマネジメントが必要です。このことについて、スクラムガイドの冒頭にはこのように記載されています。

スクラムとは、以下のようなものである。

■ 軽量
■ 理解が容易
■ 習得は困難


アジャイルは「言うは易し行うは難し」なものであるということを、スクラムガイドが断言しています。


■ スクラムのプラクティス

ここからは、スクラムの具体論についてお話します。スクラムには、上述した「原則」に加えて、その実践方法として「プラクティス」があります。下図がその全体像です。



出典:https://innolution.com/essential-scrum/table-of-contents/chapter-2-scrum-framework


ここでは、このプロセスを細かく説明することはしません。プラクティスの説明だけで1冊の本ができるほどに奥深く、全てを説明することはできません。かいつまんで説明すると、スクラムのプラクティスは以下の3つで構成されています。


・ロール(チーム構成と役割)

・アクティビティ(会議体など)

・作成物(タスクの一覧や成果物そのもの)


そして、それぞれにルールが設けられています。たとえば下記のようなものがあります。(数あるルールのごく一部です)


ロール

・プロダクトオーナーが決定したバックログは、他人が覆してはならない

・プロダクトオーナーは、開発チームに相談はできるが干渉はできない

・プロダクトオーナーとスクラムマスターのロールの兼任は禁止されている

・開発チームは自己組織化されており、機能横断的である(開発チームのスキルセットで開発のすべてをおこなえる)…など


アクティビティ

・スプリント期間は固定する(延長するなど、変動してはならない)

・スプリントプランニングは、「スプリントの週数×2時間」で完了させる

・デイリースクラムは毎日、同じ場所、同じ時間におこなわれる

・デイリースクラムは15分間のタイムボックスでおこなわれ、延長はできない

・デイリースクラムでは、「昨日やったこと」「今日やること」「困っていること」についてのみ話す…など


作成物

・プロダクトのリリースには「完了の定義」を設け、途中での縮小は避ける…など


ここでお伝えしたいことは、スクラムを深く理解し、実践し、価値に変えるためには、「明確なロール」「機能横断的で自己組織化されたチーム組成」「目的が明確なタイムボックス化された会議体」などの、高度なチームビルディングとプロセスマネジメントが必要である、ということです。


スクラムはソフトウェア開発のフレームワークですから、そっくりそのままマーケティングのキャンペーンマネジメントに利用することはできないでしょう。しかし、「反復的・漸進的に、変化に適応しながら成果物を出す」ことがスクラムのコンセプトですから、スクラムの「原則」や「プラクティス」は、マーケティング活動にも応用できます。


スクラムのプラクティスからもわかるように、ビジネス環境で再現性をもって「反復的に、漸進的に、変化に適応しながら成果物を出す」ことは簡単ではありません。これは、アジャイルマーケティングも例外ではないはずです。




段階的にアジャイルを目指す

ここまでの結論として、スクラム(≒アジャイル)は「原則」と「プラクティス」の両面を備えてこそ真価を発揮する、という話をしました。


ここからは、アジャイルマーケティングとの向き合い方についてお話したいと思います。


私は、マーケティング領域でアジャイルを実践するうえでは、プラクティスに固執するべきではないと考えています。


プラクティスに固執する教条的なスタンスによって、アジャイルへの挑戦ハードルが高くなってしまうことは本末転倒ですし、何よりも、まだマーケティングの領域では「透明性」「検査」「適応」の観点で課題が多いと思うからです。


例えば、ターゲットを決めてコンテンツをテストしようとしても、クロスデバイスを加味したユニークな個人に対して検証をすることが難しい現実があります。あるいは、広告データやCRMデータ、受注データなどがサイロ化し、施策のビジネス貢献度が正確に計測できていないケースも多いです。また、それらのデータを、BI/ダッシュボードツールなどを介してステークホルダーが正確かつリアルタイムに把握することも、広く普及しているとは言い難い状況かと思います。


つまり、マーケティングという役割に対して、「透明性」「検査」「適応」といった要素を満たすことから始めなければいけない、という現状があります。


ですので、プラクティスを意識しすぎず、段階的にアジャイルマーケティングを深掘りしていくのがいいのではないかと考えます。


のことについて具体的に考えるにあたり、書籍『データ・ドリブン・マーケティング -最低限知っておくべき15の指標』で説明されている、「MCM(マーケティング・キャンペーン・マネジメント)プロセス改善の3段階アプローチ」が参考になります。


MCMプロセスは、キャンペーンの選択から始まり、投資決定、実行へと進み、効果測定で終わる一連のサイクルです。このプロセスが、データ・ドリブン・マーケティングで成果を上げるために必要不可欠なものであると説明されています。難しいものではなく、言わばマーケティングキャンペーンのPDCAサイクルです。



出典: マーク・ジェフリー 『データ・ドリブン・マーケティング -最低限知っておくべき15の指標』


その上で、同書はMCM運用の成熟度を「初級・中級・上級」の3ステージに分け、段階的に進めていくことを推奨しています。

MCM組織能力向上の3つのステージ


■ 初級
・共通の目的/目標
・キャンペーン管理の集約化
・マーケティング・データベース

■ 中級
・個別の目的
・確立されたキャンペーン投資を選択するプロセス
・キャンペーン終了後での効果測定
・データウェアハウス

■ 上級
・企業戦略とマーケティングを整合させるスコアカード
・キャンペーン選択におけるポートフォリオ最適化
・アジャイル・マーケティング:キャンペーン実行中での効果測定
・適応学習およびフィードバック:将来のキャンペーン選択への活用
・解析マーケティングおよびCLTV測定
・イベント・ドリブン・マーケティング
・ITインフラ:マーケティング・リソース・マネジメント(MRM)企業内統合データウェアハウス(EDW)、解析


注目すべきは、「アジャイル・マーケティング」というキーワードが「上級」のステージに登場しており、「キャンペーン管理の集約化」や「データウェアハウス」などが、それよりも下位のステージで登場していることです。


このことは、本格的なアジャイルマーケティングを目指す前に、マーケティング投資の計画、管理、評価についての指標を導入し、データウェアハウスを利用するなどして、顧客と企業および各マーケティング・キャンペーンのやりとりをトラッキングするべきである、と理解できます。


そのような環境を用意することができて初めて、過去の失敗から学習することができるようになります。まさに、スクラムの原則である「透明性」「検査」「適応」や、アジャイルの原則である「コントロールできること」と「観測できること」を満たすための環境づくりです。


ちなみに同書では、大規模なアンケートによって、回答企業をMCMステージごとに分布しました。その結果、9割もの企業が「初級または中級」のステージであることが示されており、少なくとも同書では「アジャイル・マーケティングキャンペーンの実行」ができている企業は、全体の1割程度にしか満たないとしています。



出典: マーク・ジェフリー 『データ・ドリブン・マーケティング -最低限知っておくべき15の指標』




アジャイルマーケティングを実現するために、まず何をすべきか

最後に、アジャイルマーケティングの実現するために、組織やチームはまず何をするべきかについて考えてみます。


先述のとおり、マーケティングとソフトウェアの重なりが大きくなるにつれて、経験主義に基づく活動が重要になっていきますが、経験主義を実践するためには、「コントロールできること」と「観測できること」を見極め、管理下におくことが原則です。


また、MCM成熟度の調査のとおり、初級・中級レベルは、まずは「キャンペーン管理の集約化」や「データウェアハウス」などに取り組むべき状態であるとしています。先進的な欧米企業でも、約9割がそのレベルに位置しています。


これらのことから、まずは「コントロールできること」と「観測できること」の整理を始めることが、アジャイルマーケティングの第一歩と言えるのではないでしょうか。


具体的な話を挙げるならば、例えば「コントロールできること」は「デジタル広告運用のインハウス化」というテーマを、「観測できること」は「セルフサービス型のデータ活用基盤の構築」というテーマを考えることにつながります。


昨今では、デジタル広告運用に関するインハウス化の機運が高まっています。インハウスのトレンドについて詳述した下記の記事によると、国外事例ではありますが、広告主がインハウスをする理由についてこのように回答しています。



リンク:

2018年5月に Interactive Advertising Bureau(以下:IAB) から発表されたデジタル広告のインハウス化についての報告書「Programmatic In-Housing(プログラマティック...


When asked to rank the biggest reasons for brands to in-house, cost-saving topped the list, followed by greater agility, and increased transparency.


企業がインハウス化する理由をランク付けするとしたら、1位は「コスト削減」。次いで「アジリティの向上」と「透明性の引き上げ」になります。


出典:The State of In-housing – Defining how marketing teams evolve 2019 – Bannerflow(登録後にレポートをダウンロードできます)


デジタル広告運用は高い専門性を必要とするものであり、そのことは今も昔も変わりません。


しかし、その専門性は、オークションの入札調整やターゲティング設定などの広告プラットフォームに閉じた作業的なものから、自動化機能の効率を高めるアカウント設計やKPI設計、デジタルアセット活用のためのデータ正規化・構造化といった、周辺領域へと拡張しています。


自社の有するデジタルアセットを、いかに効果的に活用・分析していくのかというテーマの中で、デジタル広告運用は自社と切り離して管理されるものではなく、 自らコントロールすべきものとして認識されつつあるように思います。


また、BI/ダッシュボードなどの「セルフサービス型データ活用基盤」の構築も、アジャイルな組織づくりの第一歩として有効です。


ビジネス最適化ツール『DOMO』のベン・シャイン(Ben Schein)氏は、以下の記事で、小売大手ターゲット社在籍中に取り組んだDOMO導入についてこのように語っています。


リンク:

そもそもデータを組み合わせて分析することを想定していなかった個別の業務システムが社内に散在しているケースは珍しくない。上手く横串を刺して破綻なく活用できるこ...


技術的観点からエンドツーエンドできっちり設計して完璧なものを狙うんじゃなく、ある程度は妥協してエンド・ツー・“ほぼエンド”のようなラフな考え方で臨んでもいいんじゃないかということで、使い手のニーズ優先で導入したのがDomoでした。

さて、それで結果がどうなったかというと、ユーザー部門のデータに対するリテラシーや感度といったものがグっと底上げされました。業務を回している現場の肌感覚と各種のデータから見えてくる傾向とに照らして、「やっぱり思ったとおりだ」ということもあれば「あれ、なぜこんな結果になったんだろう?」ということもある。(中略)社内にはどんなデータがるのか。それぞれにどんな意味があり、どう見れば業務改善のヒントになるのか……。現場によい回転が生まれ始めたのです。


ターゲット社では、全社的なデータ分析基盤&専門チームを設け、大規模なデータレイクを構築したり、BI専門組織を創ってデータサイエンティストを配属するなどしています。


その点では、すでにデータ・ドリブン・マーケティングを実践できている先進的な企業と言えますが、データ専門組織外のエンドユーザーが、データをもとにしたアジャイルな行動を取ることができていたかというと、そうではなかったと言います。


高度なデータ分析でビジネスを成長させていくことと、エンドユーザーが「観測できること」を手にし、自己組織化してマーケティング活動に取り組むことには、異なるアプローチが必要であることを示してくれています。


使い手のニーズを優先し、データに触れることができる環境を用意することが、経験主義的な価値観を広げていく効果的な手段ではないかと思います。




おわりに

前後編を通してアジャイルの起源からその本質に触れ、アジャイル開発のスクラムを例にして具体的な実践方法をお話したうえで、アジャイルマーケティングの取り組み方について考えました。


同記事を読んでいただくことで、アジャイルとは何か、なぜ目指すのか、どんな価値を生むのか、どう取り組んでいけばいいのか、などを考えるヒントになれば幸いです。


現代は、マーケティングという仕事がとても面白い時代だと思います。 個々人が変化を起こすことができる、チャンスに溢れた時代です。 一方で、変化の激しい目の回る時代ですから、時には大変に感じたり、不安を抱くこともあると思います。


組織や個人がこの不安にうまく向き合い、変化を楽しみながら成果をあげるために、アジャイルのコンセプトは大きな助けになってくれるはずです。




Related posts

Top