【コラム】アジャイルの起源から、アジャイルマーケティングを考える~前編~

※同記事は、株式会社オーリーズ様運営メディアAd JOURNALより転載させていただきました。




世界のデジタル化は進み、その過程で企業と顧客との関係はめまぐるしく変化しています。私は、この変化の激しい世界にワクワクする一方で、不安や苛立ちを感じていまうことがあります。スピードが早くて複雑な世界は、予測を裏切り、計画を狂わせ、ものごとを実現することを難しくします。この不確実性にどう向き合えばいいのか…


その秘訣にアジャイルがあります。本記事では前編・後編の2度に分け、アジャイルについての本質を理解することからはじめ、マーケティング分野での実現方法について考えてみたいと思います。




アジャイルのトレンド

最近、耳にすることが多くなった気がする「アジャイル」という言葉。実際のところはどうでしょう。Googleトレンドを見てみます。



浮き沈みをしながら、ここ1年ではまた上昇トレンドにあるようです。


アジャイルはソフトウェア開発と関連づけて説明されることが多いですが、最近では「アジャイル型組織」や「アジャイル経営」、あるいは「アジャイルな働き方」といったように、様々な分野で目にすることが増えている気がします。本記事では、再び注目を集めているアジャイルについて、マーケティングという分野から考えてみます。




アジャイルとは「理想的な状態」

マーケティングの話をする前に、まずは「そもそもアジャイルとは何か?」について触れておきます。多様な分野で用いられる「アジャイル」という言葉は、本質的にどんな意味を持っているのでしょうか。


このことについて、書籍『エンジニアリング組織論への招待 ~不確実性に向き合う思考と組織のリファクタリング』で分かりやすく説明されています。同書では、アジャイルのことを以下のように説明しています。


環境に適応して、最も効率よく不確実性を減少させられている状態。理想状態なので、決して到達できない地点。


アジャイルとは「不確実性に対応する理想的な状態」だとしています。これについて、同書の内容をかいつまんで説明します。


まず、何をするにしても、ものごとには「始まり」と「終わり」があります。例えばビジネスなら、「新しい事業をつくって会社を成長させたい」という始まりがあり、「ゲーム事業が成功して会社の売上が120%伸びた」という終わりがあります。例えば家庭のことなら、「快適な住環境をつくりたい」という始まりがあり、「システムキッチンと書斎のある賃貸住宅に引っ越した」という終わりがあります。


このとき、それぞれの「始まり」は、「新しい事業」や「快適な住環境」といった曖昧なものからスタートします。また、この「始まり」から「終わり」に向かう過程を「ものごとを実現する」ことだと考えることができます。


つまり、「ものごとを実現する」というのは「不確実性の高い状態(曖昧な状態)から、確実な状態に推移させていく過程」であると理解できます。


では、この「不確実性」の正体とは何でしょうか。同書では以下のように説明しています。


不確実性とはつまり「わからないこと」によって生まれます。人間にとって、本質的に「わからないこと」はたった2つしかありません。それは、「未来」と「他人」です。

私たちは、2つの「わからない」もの、つまり「未来」と「他人」という不確実性の発生源から逃れることはできません。この2つの不確実性に向き合って、それらを少しでも減らしていくことが、唯一物事を「実現」させる手段なのです。


不確実性は「未来」と「他人」から生まれ、それらが予測を裏切り、計画を狂わせ、ものごとを実現することを難しくします。


よって、ものごとを実現するためには、この不確実性(=わからないこと=未来と他人のこと)を効率的に減少させながら進んでいく必要があります。


そこで有効なのが「経験主義」という思想です。


経験主義は、(…)近世のイギリスで花開いた自然哲学に対する態度です。


(…)もし何かの問題に直面し、それを解決しようと考え、今ある情報の中から、じっくりと考えてみたものの、答えが出ない。そんなときに理性主義的な発想では、「わからなかった」という事実から、次の行動の一手が浮かび上がってきません。そのため、「わからなかったのは、頭が悪かったからだ」と、何かミスがなかったかと考え、もう一度同じことを繰り返して、思考の袋小路に陥ってしまいます。一方で、経験主義的な発想でことに臨めば、「わからなかった」あるいは「正解でなかった」ということが重大なヒントになり、次の行動を生み出します。


つまり…

・不確実性は「未来」と「他人」から生まれる。上手にものごとを実現するために、これらにうまく向き合っていかなければいけない…


・でも、分からないことは考えてもしょうがない。「自分のできること」と「振り返ることができること」を整理して、まずはやってみて、経験からヒントを得て改善をしていこう!


これが、経験主義の思想です。


VUCAワールドと言われるこの時代、未来のことも他人のことも、より分かりづらくなっています。分からないことが多い環境では、理性主義的ではなく、経験主義的な態度で取り組んだ方が上手にものごとを実現することができます。


また、この経験主義について、同書では以下のように補足をしています。


この経験主義は、単純に「やってみないとわからない」という論理なのでしょうか。そうではありません。経験主義で重要なことは、「知識」=「経験」を、行動によって手に入れるということです。そのためには、「行動できることは何か」と「行動の結果起きたことを観察できるか」という2点が重視されます。


経験主義とは「やってみないとわからない」という投げやりな思想ではなく、「コントロールできるもの」と「観測できるもの」を見極め、行動した結果に対して改善を重ねながら前に進んでいくという、投げやりとは真逆の思想です。


このような、「経験主義的・仮説検証的な態度によって、 環境に適応しながら効率よく不確実性を減少させられている状態」をアジャイルと言います。




加えて、アジャイルの歴史的背景についても簡単に触れておきます。


アジャイルというコンセプトには、ソフトウェア開発というよりむしろ、経営学あるいは、組織学習という文脈の中で生まれてきたものです。そして、それは、日米両国の経営哲学を巡る数奇な関係性や、アメリカの社会的潮流に強い影響を受けているものです。


戦後、アメリカから日本に生産・品質管理の理論が持ち込まれ、それを日本の製造業が発展させていきました。例えば有名なトヨタ生産方式などがそれにあたり、「Just In Time」の思想や、「カンバン」によるプロセスマネジメント、あるいは「多能工」といった組織学習の中心となるコンセプトなどを作り上げていきました。そして今度はアメリカがその経営的成果を研究対象とし、リーン生産方式といった生産プロセスを提唱するなどしました。


そして、これらの潮流が西海岸の思想的風土と融合してソフトウェア開発に組み込まれるようになり、「アジャイル開発」として広く知れ渡ることになります。


このように、アジャイルという言葉はソフトウェア開発によって世界に広まったものですが、アジャイルの経験主義的なコンセプトは、当時アジャイルという言葉が利用されていたかに関わらず、経営論や組織づくりを背景に育まれてきました。




ここまでをまとめると、アジャイルとは以下のようなものです。


・アジャイルとは、経験主義的・仮説検証的な態度によって、 環境に適応しながら効率よく不確実性を減少させられている状態のことである


・不確実性とは、「わからないこと」であり、それは「未来」と「他人」のことである



・経験主義とは、「コントロールできること」と「観測できること」を見極め、経験から学習することで不確実性に対応することである


・アジャイルのコンセプトは、ソフトウェア開発とは切り離された「経営学」や「組織論」に背景を持っている




アジャイルソフトウェア開発

ここからは、アジャイルをより実践的に理解するために、ソフトウェア開発をテーマにしてお話しします。


ソフトウェア産業の発展と共に、ソフトウェアは政府や大企業以外の幅広い人たちに利用されるようになりました。利用者の属性や要求が多様化したことで、ソフトウェア開発はマーケットの不確実性に対応する必要性が高まっていきました。


このような背景から生まれた開発ノウハウを、有志の技術者たちがマニュフェストとしてまとめました。それが「アジャイルソフトウェア開発宣言」です。



このアジャイルソフトウェア開発宣言のコンセプトを理解するには、「MVP(Minimum Viable Product)」の概念が助けになります。


MVPとは、端的に言えば「顧客に価値を提供できる最小限の製品や、それを使ったアプローチ」のことであり、ソフトウェア開発で最も大切なコンセプトのひとつです。


抽象化すると以下のようなイメージです。大きな完成形を時間をかけて作るのではなく、市場に出せる「そこそこ」の製品をまず市場に投入し、顧客に実際に使用してもらいます。そして、そこから得たフィードバックを製品の改良に役立てるというアプローチになります。アジャイルの言葉の意味である「身軽」や「回転の速い」といったイメージが伝わると思います。



このような背景から、それまで「理性主義≒ウォーターフォール開発(上図の下段)」を中心としていたソフトウェア開発に、「経験主義≒アジャイル開発(上図の上段)」のコンセプトがもたらされ、今日まで発展を続けています。


ちなみに、アジャイル開発という言葉が「ソフトウェア開発方式の一つ」として誤解されることがあるようですが、アジャイル開発はあくまでソフトウェア開発におけるコンセプトであり、開発方式を指す言葉ではありません。(具体的な開発方式については後述します)




アジャイルの価値

アジャイルのコンセプトが理解できたところで、その価値についても触れておきます。

ITプロジェクトの調査機関である Standish Group の「CHAOS REPORT 2015」では、10,000件を超えるITプロジェクトの成否について、アジャイル開発とウォーターフォール開発とを比較した統計をまとめています。


大・中・小プロジェクト合計の成功確率は、アジャイル開発はウォーターフォール開発の3.5倍になっています。


このように、アジャイルの価値は実績として示されています。





アジャイルマーケティング

そして、このアジャイルのコンセプトがマーケティングの分野にも流れ込んできました。


その背景には、アジャイルを成立させる重要な要素である「コントロールできること」と「観測できること」が、マーケティング活動でも増えてきたことがあります。


かつてのマーケティングは、フィードバックの量・質ともに、今と比べると乏しかったと言えます。たとえばマスプロモーションなどでは、そのフィードバックを、売上や認知率調査などの施策とは断絶された機会で得るしかありませんでした。


しかし、現在のマーケティング活動の多くはソフトウェア(=MarTech)によって支えられており、リアルタイムなフィードバックを得ることができます。この背景が、マーケティングを経験主義的なものに変化させています。



出典:スコット・ブリンカー 『ハッキング・マーケティング 実験と改善の高速なサイクルがイノベーションを次々と生み出す』


そして、世界のデジタル化が進めば、マーケティングとソフトウェアの重なりが大きくなることは必然であり、今後のマーケティング活動はますます経験主義的なものになっていくでしょう。



出典:スコット・ブリンカー 『ハッキング・マーケティング 実験と改善の高速なサイクルがイノベーションを次々と生み出す』


これらの背景を受けて、 有志のマーケターたちによって 「アジャイルマーケティング宣言」が作られました。 アジャイルソフトウェア開発宣言が2001年であったのに対し、アジャイルマーケティング宣言は2012年のことです。



この宣言に基づけば、以下のようなマーケティング活動もアジャイルと言えるでしょう。その意味では、現在多くの企業が取り組んでいるデジタル施策はアジャイルマーケティングであると言えます。


テストマーケティング
・顧客データを広告プラットフォームに連携し、ターゲティング対象をテストマーケティング群とコントロール群に分け、対象実験による効果検証を行う。


ターゲティング
・CRMデータの購入実績からセグメントのスコアリングを行い、オーディエンスリストを作成。そのリストを Google Analytics 360 へインポートし、セグメントごとのコミュニケーションプランニングを行いながら、態度変容を促進する。


段階的な活用
・運用型広告のテキスト広告でコピーストラテジーを検証し、効果的なコピーをテレビCMで活用する。

・スモールブランドを立ち上げ、まずはデジタル施策のみでプランニングをする。デジタル施策で顧客の属性分析を重ね、ターゲットのボリュームやターゲット像を検証し、マス施策を設計していく。




以上が、アジャイルマーケティングに関するコンセプトの話です。


コンセプトであるため解釈の幅は広く、「データをもとに短いサイクルで改善活動をおこなえば、それはもうアジャイルマーケティングだよね」といった粗い解釈もできます。また、運用型広告の日常的な運用業務も、広い意味ではアジャイルマーケティングだと言えます。


どれも大きくは間違っていないのですが、後編となる次回はもう少し、アジャイルマーケティング実践のための具体的な方法について考えます。




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