2023年テレビCM崩壊 ー 博報堂生活総合研究所の暗示

 

博報堂生活総合研究所の刺激的なプレゼン

ところで、先日(2015年1月23日@渋谷公会堂)、博報堂生活総合研究所の「BIG PRESENTATION」を見にいった。

素晴らしいプレゼンで大変勉強になる内容だったのだが(概要はこちら)、その終了後に会場を出た直後、思いもよらない発言が耳に飛び込んできた。

きょうの話って、2023年でテレビCMが終わりってことじゃない?」と。

私と同じタイミングで会場を出たばかりの男性2人が歩きながら話していた。
「えっ、なんで?」ともう一人が返していたが、それ以降の会話は聞き取れなかった。

この「きょうの話って、2023年でテレビCMが終わりってことじゃない?」が耳に残り、「あの人は何を言いたいのかな?」と考えながら、渋谷の駅まで歩き、家路についた。

なぜこの発言が気になったのか?
なぜなら、博報堂生活総合研究所のプレゼンでは、テレビCMのことはまったく話していなかったからだ。なので、なんであの人は「テレビCMが終わり」と感じたのかが解せなかったのだ。

『テレビCM崩壊』と博報堂生活総合研究所の共通認識

考えながら頭に浮かんだのが、『テレビCM崩壊』という本だ。

2006年にこの本は出版されている。刺激的なタイトルと内容で業界の話題をさらったように思うが、当時は(いまでも)日本ではまだまだテレビCMは健在だったので、実感の湧かない本だなと思ったように記憶している。
(『テレビCM崩壊』を読んだことのない人にはこちらが参考になる→「第2回 テレビCM崩壊?マス広告の終焉と動き始めたマーケティング2.0」)

この本の中身と博報堂生活総合研究所のプレゼンは最初はぜんぜん関係ないなと思ったが、ただ、今回のプレゼンの中で、「大衆」が歴史的に変化してきたという話があって、その部分と『テレビCM崩壊』の中で記載されている内容に共通する話があるなと感じた。

博報堂生活総合研究所は、1955年から高度成長に向かう時代に「画一化する生活者」が出現したとして、それを「大衆」とネーミングしている。
その後、1975年以降に安定成長の時代になって「細分化する生活者」が現れたとし、それを「分衆」と呼んでいる。
さらに、1995年以降を「拡散(模索)する生活者」と定義して「個」と呼び、
そして、2015年以降は「収束する生活者」として「デュアル・マス」という流れになっていくとしている。

一方で、『テレビCM崩壊』には、マス・マーケティングはもともと、産業革命から生まれた大量生産・大量消費のためのものだ、という趣旨のことが書かれている。つまり、「大衆」にアプローチする手法ということだ。視聴者が、あるいは、生活者が、細分化した現代には向いていない、と言い換えることができる。

ここまで考えて、私は「そうか、そういう背景か」と合点がいった。つまり、『テレビCM崩壊』が下敷きにしている背景と博報堂生活総合研究所の時代認識は合致しているのだ。

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