増大する役割の先にある、少し先の、広告運用の現在 〜A future state of AdOps 【第4回】

少し先の、広告運用の現在

 
様々な分野で「当時には想像しにくかった未来でも、振り返ってみると足元では静かにその萌芽が見えていたんだな」と気づくことがあると思います。運用型広告でもそれは同じで、人が日常的に利用するデバイスやメディアは、数年間で目まぐるしく変わっており、その現実に必死に追いつくかのように、広告プラットフォームの進化も続いています。


「少し先の、広告運用の現在 〜A future state of AdOps 」というタイトルは、そんな萌芽を目の前の現実から読み取ることはできないか、そんな思いで付けてみました。最終回の今回(第4回)は、変化し続ける広告運用者(AdOps)の役割について、これまでのインタビューやエビデンスを参照しながら、少し先の未来像について考えてみたいと思います。


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デジタル広告市場の増大

 
下記は Ad Age が毎年発表している Ad Age Agency Report における、代理店ビジネス(広告代理店だけでなくPR代理店、ITベンダーやコンサルティング会社等の異業種参入組も一部含む)のデジタル比率を表したチャートですが、売上におけるデジタルの比率は年々伸び、2015年には40%を超えてきています。2016年は更にこの比率が高まってきていると予想されます。


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Image source: Ad Age Agency Report 2015



昨今はコンサルティング会社等の広告業界への参入が取り沙汰されており、調査分母は業種のカテゴリーをまたがって集計されていますので、このチャートにおけるデジタルの定義は、例えば伝統的な広告代理店とコンサルティング会社とでは異なる意味合いを指していると思われます。ただ、仮に定義のズレが多少なりともあったとしても、広告ビジネスにおけるデジタル比率はここしばらくは上がることはあっても下がることは考えにくいでしょう。


ビジネスのデジタル化が成熟期に入る頃(いちいち”デジタル”と言わなくなる頃)には、きっとこのようなチャートが作られることはなくなるのかもしれませんが、少なくとも2016年の現時点では、デジタル広告というカテゴリーは右肩上がりを続けており、今後の広告ビジネスを考える上であらゆる前提になってきているのは間違いありません。



複雑さの増大

 
デジタル広告市場の成長は、複雑さの増大とセットだと言われます。以下は年々エスカレートしているマーケティングテクノロジーのカオスマップの2016年版ですが、掲載されているロゴは3,800を超えており、とんでもないことになっています。(製作者の悪ノリ感を感じますね!)


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Image source:Infographic: The 2016 Marketing Technology Landscape



これはテーマが「マーケティングテクノロジー」なので広告はあくまで一部分だけを指しますが、それでもチャートの一番左の「Advertising&Promotion」だけでも500を超えていますし、通常業務で関係することの多いソーシャルやデータ、コマース関連の領域を含めると、どんな運用者でも1,000を越えるサービスやツールに触れる可能性がある、ということになります。(現実には並列ではないのであくまで可能性の話ですが)


2000年代初頭に検索連動型広告が登場してからは、ターゲティングごとにメッセージやキャンペーンを設計し、リアルタイムに反映される結果を判断しながら改善を早いサイクルで繰り返していく広告運用がスタンダード化していきました。技術の進化に伴って、マーケティングのサイクルがリアルタイムに近づいていけばいくほど、広告のエコシステムを形成するプレイヤーの種類や数もまた加速度的に増え、トレンドも移り変わっていくことでしょう。



管理コストの増大

 
プレイヤーが増えれば増えるほど、接続、設計、配信、分析、レポーティングなどの管理コストも比例して増大します。また、プレイヤー以上にメディア、デバイスなどの断片化が進んでいますので、成果を出すためのキャンペーンの複雑さは、以前とは比較にならないほど増しています。

“It’s akin to going from driving a prop plane to driving a modern jet,”
(手漕ぎボートから最新鋭のジェット機に変わったようなものだ)



と言ったのは PGATOUR.com の売上担当副社長を務める Raef Godwin ですが、彼が入社した2000年から、8年後の2008年まで1人しかいなかったデジタルチームは、2014年には20人の正社員を抱えるようになったそうです。それだけ、時代が進むにつれ、デジタルが担う業務の範囲が多岐にわたってきているということではないかと思います。


参考:Evolution of the Ad Ops Role: What You Need To Know In The Programmatic Era



雇用の増大

 
デジタル広告、特に運用型広告の市場が大きくなるにつれ、「人が足りない!」という声が以前にも増して多くの成長企業で聞かれるようになりました。運用型広告の大きな部分を占めるPPC(リスティング広告)が2002年に日本で始まってから既に十数年が経ちますが、この分野はその間ずっと慢性的な人手不足が続いており、特に最近は深刻さを増していると聞きます。


需要も求人掲載数も伸びていく中で、売り手市場の傾向はますます強まっており、特に技術的なバックグラウンドのあるマーケティング人材は、洋の東西を問わず需要過多が続いています。今や日本でもSEM専門の転職サイトができるほどに市場ができてきました。


市場規模とテクノロジーの進化によって複雑さが増大している昨今では、「人が足りない!」という声は、「(デキる)人が足りない!」という言い換えができるかもしれません。



増大の先にある、自動化

 
市場が拡大し、複雑さや管理コストが増していくということは、実務を担う運用担当者が把握しなければならない範囲もまた同時に増大しているわけですから、マニュアルでの管理はどこかで無理がきてしまうため、自動化は必須になります。問題は「何をどうやって自動化するのか」という部分ですが、そのヒントは過去の3回の連載で描写してきたとおり、少なくとも運用型広告においては「人間がやると大変だったことを機械演算で高精度にやろう」というプラットフォーム側の努力と進化に、いかに現場がキャッチアップするかによって体現されるのだと思います。


増大の中にあって、収縮されるものが、自動化の対象です。それは広告運用で言えば、入札であったり、手続き処理であったり、入稿であったり、レポート作成であったりします。


ただ、ここで重要なのは、「自動化によって人手が機械に代替される」ことが問題なのではなく、少なくともデジタル広告においては、自動化によって人間の仕事が高度化(上流工程へシフト)し、「仕組みの理解を前提とした創造性が必要な仕事の重要性が一層高まってくる」ということだと思います。職務によっては、高まってくるというよりは、「それにしか価値がない」というケースも出てくるでしょう。自動化は敵ではなく、変化のサインなんだと思います。


連載の第1回でも言及しましたが、マッキンゼーが米国労働省と労働統計局のデータを元に調査した資料「Where machines could replace humans—and where they can’t (yet)」でも、技術系のサービスを含む「Professional」は、データの加工や処理タスクの半分が自動化可能だとしつつも、プランニングや意思決定といったクリエイティブな上流工程のほとんどは人間の仕事だと分析しているように、自動化が進めば進むほど、「仕組みを理解」して「適切な意志決定」ができる人材の市場価値は以前より高まると思われます。


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Image: McKinsey & Company



プログラマティック取引が活発化し、プラットフォームの進化によって取引そのものはどんどん自動化されていく傍らで、複雑化・多様化する各種システムを理解し、それらを組み合わせてキャンペーンの全体設計や詳細設計、分析の結果を施策に落とし込める運用者の需要は年々高まっています。今後ますますデジタル広告の主役となっていく運用型広告において、キャンペーンの成否を分けるのはシステムではなく、それを使う人だと言えるのではないでしょうか。


繰り返しになりますが、自動化は敵ではなく、テクノロジーに置き換わる(むしろアップグレードされる)のはあくまで単純作業であり、知的労働の価値はむしろ増していく方向にあるのではないかと思います。



価値を出し続けていくために

 
では、どうすれば価値を出し続けていくことができるのでしょうか。


以前広告運用者(AdOps)としての生き方(3):スキル編という記事でも触れた、いわゆる「T型人材」という言葉があります。アルファベットの「T」の文字のタテを専門性、ヨコを視野や知見の広さに見立てた表現です。1つ以上の特定分野で深い専門性を軸に持ち(タテ)、周辺領域をはじめとして他のジャンル(ヨコ)についても幅広い知見を併せ持っている人材を指します。


この「T型人材」は、多様化するデジタルマーケティングにおいても適用が可能な考え方であると、Moz の創業者である Rand Fishkin は言います。 彼が2013年に提唱した「T型ウェブマーケター(The T-shaped Web Marketer)も、まさにT型人材を現代のマーケティング従事者に当てはめたモデルです。


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Source:The T-Shaped Web Marketer – Rand’s Blog



上図では Moz らしく SEO が例に挙げられていますが、タテに SEO の深い知識や経験を持ち、ヨコの UX や Social などをはじめとした周辺領域にも広い知見や素養を持つ、T型の SEO従事者がモデルとして提示されています。


実際、キーワード調査やコピーライティング、データの構造化や分析など、ウェブマーケティングの各領域には重複する要素が多いことからも、T型ウェブマーケターの概念は、現場を持たれている方なら納得感のあるモデルではないかと思います。


そして、T型は個人だけでなく組織にも効用をもたらします。コンサルティング会社 IDEO の CEO である Tim Brown 氏がT型人材について言及した「デザイン思考が世界を変える」では、以下のような指摘があります。(筆者による要約)

スペシャリスト(I型人材)だけで構成されたチームでは、各個人が自分の専門分野の擁護者になってしまう傾向があるため、政治の優先順位が高くなり、折衝が長引いたり、中途半端な妥協に落ち着くことが多い傾向がある一方で、T型人材が集まる組織では、ヨコの知見と自身のタテの矜持によってそれぞれの専門性にリスペクトが生まれやすいため、政治に走りにくく、アイデアの共有や化学反応が起きやすい



この指摘は、先ほどの「T型ウェブマーケター」でも同じです。Rand Fiskin は、T型ウェブマーケターの集まった組織では、以下の4つの効用があると主張しています。

1. 幅広さは信頼を醸成する

仮に専門外であっても、関連した周辺知識があるメンバーは、他の専門性を持つ人のチャレンジを意味や重みを理解することができ、それが互いの理解や認識こそが仲間意識や信頼を生み、コンフリクトを起こさずに業務を進めることができるようになる。

2. 深さは(熟達したいという)欲求を満たす

ダニエル・ピンクが『モチベーション3.0』で指摘したように、人々が仕事で幸せになるには「自治」「熟練」「目的」の3つが必要であり、専門性の極めることを目指し、専門性が高いと認められることは、業務へのロイヤリティ、コミットメント、自身がこの分野を支えているというメンタリティを生み出すことにつながる。

3. 知識の重なりは創造性を生み出す

一人では創造性を発揮するのは非常に難しいため、T型人材がそれぞれ重なりあっていることで、それぞれの専門性と共通理解が創造性を生み出し、一人では難しかった解決策やアイデアを出しやすくなる。

4. T型の仲間同士こそ支え合うことができる

T型メンバーで構成された組織であれば、重要な局面でお互いに(足手まといになることなく)支え合うことができる。それは、「人材の余剰」ではなく、「本質的な冗長性」である。




これらの指摘は、フランス・ヨハンソンの「メディチ・エフェクト(The Medici Efect)」で言及していることとも符合します。


The Medici Effect


この本では、15世紀のイタリアで巻き起こったルネッサンスが、銀行業で栄華を極めたメディチ家の下に集まった芸術家や文化人たちが分野を超えた交流で生まれたものであることから、異なる専門性が相互に関係しあう場からアイデアが生み出されると伝えています。


1つの領域を深く潜っていくと、接続される周辺領域に習熟する必要が出てきますし、その周辺領域も、元々の領域に適切な専門性があれば、まったくの素人の時よりも類推が働き、大きな間違いが少なくなります。デジタルに専門性を定める以上、マーケターはT型である必要があると言えますし、T型人材が集まるような場に身を置くことが、結果的に価値を出し続ける近道と言えるのかもしれません。



少し先の、運用型広告の現在

 
この「A future state of AdOps」シリーズでは、スポーツやゲームと同じように「場のルールを知る」ことが重要だとして、アドワーズの自動化機能と、そこから生まれたクリエイティブの重要性、実際のビジネスの現場で起こっている変化について追ってきました。


今後もテクノロジーが断片化(フラグメンテーション)へキャッチアップしていく過程の中で、自動化による生産性の向上は重要な取り組みとして存在し続けると思います。それは変化を厭わない運用者や企業に成果としてダイレクトに恩恵を与え、最終的に関連性の高い情報をユーザーが享受できることに繋がっていくはずです。


変化の萌芽は、目を凝らせば現場のあちこちで起こっていることが確認できると思います。そして、自らがその変化の旗振り役になることができるのも、この仕事の醍醐味ではないでしょうか!


<過去記事>
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