カンヌ・ライオンズは、広告業界の内輪の賞か? 白雪姫の「魔法の鏡」か? 「表現の自由」の祭典か?

国連事務総長と世界6大広告代理店のトップが集結

「電通の石井社長が来なかったのが残念だ」

「でも、逆に一番目立っていたよ」

およそ1ヶ月前(2016年06月18-24日)、「Cannes Lions International Festival of Creativity」(通称、カンヌ・ライオンズ)がフランス・カンヌで開催され、私も今回初めて参加してみた。

その中で、Ban Ki-moon 国連事務総長と世界6大広告代理店(Big Six)のトップが討論する場が設けられていた。「The Cannes Debate with Ban Ki-moon, Secretary-General of the United Nations」というセミナーだ。Big Six とは、電通、WPP、Havas、IPG、Omnicom、Publicisだ。

世界の持続的発展のために「poverty, injustice and inequality」(貧困、不正、不平等)など人類的課題を解決する目的で 「Common Ground」というプロジェクトを国連が主導する。このプロモーションを世界6大広告代理店が一緒に引き受け、協力して仕事をしていくらしい。(電通のリリースはこちら

そのため、国連事務総長の呼びかけを受けて、WPPの Sir Martin Sorrell をはじめ Big Six のトップがカンヌに集まった。

自分は別件と重なって、この Big Six と国連事務総長のセミナーには参加できなかった。ただ、参加した人と話をしていたら、冒頭に記した「電通の石井社長が来なかったのが残念だ」という感想を聞かされたのだ。

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カンヌに来ていた外国人にも意見を聞いたが、いろいろな感想があった。

「でも、石井社長だけがビデオレターで登場して、逆に最も存在感があった」

「もしかして、英語で討論するのを逃げたんじゃないか?」

「世界の広告代理店が切磋琢磨するイベントだし、電通の石井社長は、やはり参加するべきだった」

「電通はビデオレター作戦で、石井社長が最も目立つように演出したんじゃないか?」

カンヌにいたら自然と感謝の気持ちが湧いてきた

現地でこの話を聞いたとき、「石井社長には来て欲しかった」と私も最初は思った。

しかしながら、カンヌでしばらく考えていたら、私は徐々に石井社長に感謝しないといけないなぁと思うようになった。

いや、石井社長だけではない。石井社長を筆頭に広告業界の先人たちが築き上げてきたものに対して、心から感謝しないとならないのではないか。

今回のカンヌの経験から、私はそう思うに至った。

なぜ、そのような意見に変わってしまったのか?
少々飛躍があるが、説明したい。

まず、「石井社長は、英語の討論を避けたのではないか?」という意見だが、これはあり得ないと思う。

石井社長の英語力についてはまったく知らないが、仮に流暢に話せなかったとしても、それなら、同時通訳をつければいいわけだし、電通のトップにまで登り詰めたような人が、このぐらいのことで逃げるとは到底思えない。

考えてもみてほしい。
WPPを初め世界の6大代理店のトップが集まって国連事務総長と議論をするという機会だ。もし自分がその立場だったら、電通だけ参加しないという選択肢はまずあり得ない。

でも、今回は止むを得ず参加しなかった。よほどのことだろう。のっぴきならない事情があったと思うのだ。事情はよく分からないが、もしかしたら、この7月1日から電通デジタルという新会社ができたので、電通本体も含めて大きな組織改革があったのかもしれない。このタイミングで国内を離れるのは得策ではないと判断したのかもしれない。

ビデオレターの価値

次に、石井社長のビデオレターは本人自身が英語で話していた、と聞いた。この映像が会場に大きく映し出されて、逆に他のどの代理店よりも存在感があったらしい。

このビデオレターが英語で流されるシーンを自分なりに想像してみた。で、気づいたのだが、海外の ad:tech NY などのイベントで、日本のネット広告代理店の社長のビデオレターが流れたことがあるのだろうか。私の知る限りではそんな話は聞いたことがない。ad:tech NYに限らず、日本のネット広告代理店のトップが、海外のイベントで登壇したり、ビデオレターでコメントが流されたり、そんな話を私は知らない。

そう考えたとき、電通石井社長のビデオレターがカンヌの会場に流れたことの意義が、とてつもなく大きいと思ったのだ。

セミナーとしては、WPP、Havas、IPG、Omnicom、Publicisの5代理店でも構わない気がする。つまり、ディスカッションは十分に成立するだろうし、観客も集まる陣容だと思う。

でも、カンヌ・ライオンズの主催者側は、ここに電通も必要だと思った。
ビデオレターでもいいので、顔だけでもいいので、出て欲しいとお願いしたのだろうか。真相は分からない。だが、世界の広告業界における、電通の重み、存在感を示したような気がしてならない。

電通の存在は世界でも大きいのではないか?

今回初めてカンヌに行って感じたのだが、この電通の存在感が骨身にしみた。

いや、電通だけではない。博報堂やADK、そして、その他の多数の業界関係者が日本から参加していた。現地で聞いた話では、電通本体から約120人、電通グループ全体で200人ほど。博報堂もグループ全体で100人ぐらいいるかもしれない、とのことだった。

日本版カンヌ・ライオンズのウェブサイトによると、全体では約100カ国15000人以上の来場者があるとのこと。アメリカ人やヨーロッパ人が最も多いとは思うが、全体に占める日本人率も相当なものだった。

こんな海外のイベントは初めてだ。こんなに大勢の日本人参加者がいる海外の業界イベントを私は経験したことがない。カンヌ・ライオンズは63回目らしい。この63回の歴史の中で、最初に参加した日本人は誰だったのだろうか。その人は今年のカンヌにも来ていたのだろうか。もし来ていたら、どんな気持ちなんだろうか。

私は、1990年代後半にサンフランシスコのモスコーニセンター(Moscone Center)で開催されたインターネット広告業界のイベントに参加したことがある。あれは、たぶん、初期の ad:tech SF だったと思うのだが、もはや記憶は曖昧である。

ただ、はっきり覚えていることがある。それは、独りぼっちだったことだ。あのイベントに日本人は私一人だったと思う。そんなに大きなイベントではなかった。でも、2000人ぐらい参加者がいたのではないか。その中に、日本語を話す人は、おそらく、私以外にはいなかったと思う。

そして、アメリカのインターネット広告業界の議論を一人で聞き、私の業界知識不足、そして、そもそもの英語力の問題もあり、何を熱く議論しているのかが、いまひとつ分からず、悔しい思いをした。インターネットやテクノロジーの社会的インパクトに衝撃を受けつつも、会場で一人取り残されて、誰とも話すことなく、イベント後のパーティーに参加する勇気もなく、ただ一人、寂しく会場を立ち去った。

その自分の体験を踏まえ、このカンヌの63回の歴史の中で、日本の広告業界の先人たちが築き上げてきたものが、とてつもなく大きく感じるのだ。ただただ、偉大だと思う。

電通も博報堂も登壇してスピーチしている

このカンヌでは、電通も博報堂も、それぞれスピーカーを送り込んでいる。たとえば、以下のセッションを行っていた。

Thinking Design | Dentsu | Cannes Lions 2016

Agency βeta -The Secret of Team Prototyping | Hakuhodo | Cannes Lions 2016

毎年登壇しているのか。今回が初参加の私には分からない。
だが、いずれにしても、このカンヌ・ライオンズで、彼らがスピーカーを務めているのは、本当に素晴らしいことだ。

日本で普通に生まれ育って、日本の広告業界で仕事をしていたら、日常の業務で英語に接する機会は少ないはずだ。つまり、日本の広告業界に、海外で英語でスピーチできる人材が豊富にいるとは思えない。しかし、それでも、彼らは、このカンヌの舞台に上がってくる。

明らかな意思を感じた

そこには、明らかな意思がある。

世界に伍して渡り歩き、日本の広告業界全体を、いや、おそらく、日本それ自体を背負って戦ってきた広告業界の先人の気迫を見た気がした。

一言でいえば、「世界に負けない」「世界で通用する」、いや、「世界一になる」。

そのチャレンジ精神で血と汗が滲むような努力を業界の先人たちが続けた。
その恩恵なしには、私たちは、今、このカンヌにこのような形で来ることはできなかったはずだ。

今回、電通からの参加者は、過去一番多いと聞いた。それだけの数を送り込み、各賞に応募をし、日本人審査員も出し、そして、この異国のイベントでセミナーのスピーカーも務める。

電通がそれだけのコミットをしてくる。それに触発され、博報堂などその他の業界人も切磋琢磨しながらついてくる。そんな好循環を電通が作っているように思えた。

その電通という組織の総帥を務める男が、ビデオレターで英語のメッセージを、このカンヌで、発信する。

その事実と、その昔この広告祭に日本人として初めて参加し悪戦苦闘したであろう先人に思いを馳せるとき、私は、その歴史の重みを感じ、自然と感謝する気持ちになったのだ。

我々日本人は、ここカンヌで祝福されている。疎外感や孤独感から解放されている。

つまり、私は、うれしいのだ。

電通をはじめとする日本の広告業界が、このカンヌに自分たちの土塁を積み上げ、優秀な人材であれば、いつでも世界と戦えるように着々と準備を整えている。

その事実が、そのチャレンジ精神が、うれしいのだ。

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