運用型広告の転職事情 −2016年版

世界的な売り手市場

 
運用型広告(というかデジタルマーケティング全般)の市場が大きくなるにつれ、「人が足りない!」という声が以前にも増して多くの成長企業で聞かれるようになりました。運用型広告の大きな部分を占めるPPC(リスティング広告)が2002年に日本で始まってから既に十数年が経ちますが、この分野はその間ずっと慢性的な人手不足が続ており、特に最近は深刻さを増していると聞きます。

需要も求人掲載数も伸びていく中で、売り手市場の傾向はますます強まっており、特に技術的なバックグラウンドのあるマーケティング人材は、洋の東西を問わず需要過多が続いています。今や日本でもSEM専門の転職サイトができるほどに市場ができてきました。

今回は、実際の転職事情について、いくつかの資料を見ながら考えてみたいと思います。

運用型広告の給与事情

 
2016年5月、検索エンジンマーケティングの業界団体であるSEMPOが毎年行なっているSEM業界の給与調査「SEMPO Salary Survey」2015年版が発表されました。

本調査はSEMPO会員にのみ全文が公開されていますので、Business Wire で紹介されているサマリーをご紹介します。

リンク:SEMPO Publishes Results of Search Marketer Salary Survey | Business Wire

<2015年のSEM関係職の給与傾向 サマリー>

・以前は落ち込みを見せていたSEM関係の給与は再び上昇傾向で、2013年対比では約16%の増加
・10万ドルプレイヤー(為替によりますが、日本だと「1000万円プレイヤー」でしょうか)が増えており、市場の成熟を感じる
・ベテラン層が増えている一方で、初心者の人口は相対的に減少している。ジュニア層がソーシャルに流れている模様
・給与の変動は以前より少ないものの、地域差は広がっている
・実に94%の回答者が、「分析」は検索関連業務で非常に重要だと答えた
・リモートワークはこの業務で提供できるメリットであり、実務者の45%がそれを求めている
・回答者の1割以上が50以上のアカウント/サイトを管理している

ソーシャルメディア等のニューメディアの台頭によって雇用が分散され、2013年頃に一旦緩やかになったSEM関連職の給与の上昇傾向は、2015年にはまた改めて上昇傾向に転じているようです。検索で成熟したプレイヤーは統合的なデジタルマーケティングでも力を発揮しやすいのに加え、他の業務以上に「分析」がワークフローに組み込まれていることが、複雑化する業務環境で重宝される要因なのではと推測できます。

それは、以前「広告運用者(AdOps)としての生き方(1):雇用編」という記事でも取り上げた OMI(Online Marketing Institute)のデジタルタレントギャップについてのレポートでも指摘されており、デジタルビジネスの中でも、特にAnalytics(分析)が最も需給バランスに差が出ている(37%)と報告されています。

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参考:Digital Marketing Talent Report: Skills Are Inflated, Talent Is Slim


「どこまで」を「どれくらいのレベル」で求められるかは企業や部署によって違うと思いますが、少なくとも運用型広告の担当者が優位なのは、分析の対象が常に目の前にあるということなのかもしれません。

ちなみに出典は違いますが、 Onward Search が出しているインフォグラフィック 「PPC Jobs Salary Guide (リスティング広告業の給料ガイド)」」では、アメリカのリスティング広告関連の給与レンジが分かります。

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Image:PPC Jobs Salary Guide


2014年の Indeed のデータを元にしているので SEMPO の調査とはサンプルが違いますが、SEMPO の報告を信じるのであれば、2016年現在は上記の表から微増している、と考えるのがよいかと思います。ちなみに、分析業務は企業によって価値が違うのか、給与の幅が他の職種に比べて極端に広いのが面白いですね。アナリストの方は慎重に転職先を選んだ方が良さそうです。

その他にも、リモートワークについての言及が多く(アメリカの国土が広いのもあると思いますが…)、世情を反映した集計結果だと思います。逆に言えば、求職者や従事者の状況に合わせたワークスタイルを提供できる企業が転職市場にも求められている、ということでもあると思います。

運用は「シジフォスの労働」なのか

 
運用型広告の大きな部分を占めるのはリスティング広告ですが、以前からこの分野は離職率が高いと言われています。

人によって転職する理由はさまざまで、苛烈な労働環境を理由にする人もいれば、他の分野に興味を持った、他社のマーケティングではなく自社のマーケティングをやりたいなど、10人いれば10通りの理由があると思います。

よく聞く転職理由の一つに、「単調でつまらない」「何のためにやっているのか分からない」 というものがあります。『シジフォスの労働』よろしく、人は目の前の労働を無意味な苦役だと感じたとき、それをある種の懲罰のように感じるからかもしれません。

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Image:Wikimedia commons


運用型広告というジャンルでもっとも厚く雇用を支えているのは広告代理店だと思われますが、その中で熟練度の低い人や新入社員の時期に最初に触れる業務は、思いつくままに挙げていっても、予算の進捗管理、入稿、入札、配信設定、レポート作成、顧客との連絡、トラブル対応、社内調整、社内の管理票や日報の作成、議事録の作成…など、それぞれ一つ一つは重要ではあるものの、どれも細かく地味な業務が多いと思います。

この種の仕事は、関係する部署やメディアが増えれば加速度的に業務量が増えますし、新しい仕様が次々と出てくる運用型広告の現場では、常に何かに追われて忙しいという状態になりがちです。

こういった管理業務の肥大化は、通常はコストとしてカウントされます。広告代理店の多くが広告媒体費のマージン(コミッション)でビジネスをしている以上、業務フローの中で必要な事務的・管理的業務は原価として認識されますので、どうしても、価値を創造するのではなくミスをなるべく少なくし早く終わらせるよう、圧縮する力学が働きます。これでは「単調でつまらない」苦役のように思えてしまう仕事が多いのも無理はないかもしれません。

単調な苦役から、変化に富んだ重要な役割へ

 
仕事論で『シジフォスの労働』を引用する場合、大抵は「無意味に見えるプロセス自体に意味を見出そう」という、哲学的な結論に帰結することが多いと思います。ですが、そういった悟りの境地へと赴く前に、ちょっと周りを見渡してみると(少なくとも筆者の周りには)「普通に面白い/嫌じゃないので続けている」という人が多いことに気づきます。この違いはどこからくるのでしょうか。

運用型広告はキャンペーンの全体設計から詳細設計、運用、分析から再調整を繰り返していくプロセスの巧拙によって実績が大幅に変化するため、頻繁に金融のメタファーで語られるように、運用者/分析者のスキルやコミットメントによって成果がいかようにも変わるということは広く認知されています。どんな仕事でも、結果が出れば、嫌な気分がする人は少ないですし、幸いなことに、この仕事は比較的早く結果が出ます。

単なる広告の売買管理として運用を捉えるのであれば、それは管理コストなので圧縮するに越したことはありませんが、運用者によって成果が大幅に変化するのであれば、運用に関わる費用(多くの場合人件費)は、コストではなくむしろ投資として見なされるべき性質の支出であるはずです。

以前、トレーディングデスク「Operative」の CEO である Lorne Brown が「広告代理店にとって、広告運用者は配信システムではなく、製品そのものである」という記事を書いたことに象徴されるように、運用者を経営戦略上重要視する組織であれば、自身の仕事にやりがいを感じる人も多いと思います。それは巡り巡って、結果的にサラリーや地位の向上にも反映されてくるはずです。

参考:Agency Ad Ops is a Product, Not a Delivery System – Operative

デジタルマーケティング人材への企業からの熱い視線が増えてきたことで、どこがその人にとって見晴らしの良い場所(Vantage Point)なのか、どうすれば見晴らしの良い場所へ行けるのか、以前より見えやすくなってきたのではないかと思います。

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